よくある質問(個人的な事柄)

法律相談でご来所された方や交流会などで、初対面の方からよくされる質問について、まとめてみました。

 

Q 出身地はどこですか?

A 広島県尾道市です。

神戸から新幹線で1時間半もあれば帰れるのですが、「いつでも帰れる」と思っているからか、あまり実家には帰ってません。「出身は広島の尾道というこころです。」というと、「知ってる、知ってる。いいところですよね。」と言って下さる方も多く、そう言われると嬉しいです。あまり帰りませんが、尾道は今でも好きです。

尾道に帰った時は、必ず「朱華園」でラーメンを食べて、土産屋で「尾道ラーメン」を買って帰ります。普段、ラーメンを食べる時も、基本的には「醤油ラーメン」が好きなのですが、それは尾道だ食べていたラーメンの影響だと思っています。

 

Q なぜ、関西に来たのですか?

A 大学が大阪大学だったからです。

なぜ、大阪大学にしたかというと、高校時代から「弁護士になりたい!」と思っており、「当時の自分の学力で行ける大学の中で、一番司法試験の合格者が多い大学(国立大学限定)」だったからです。

本当は、東京大学に行きたかったのですが、当時の偏差値ではちょっと難しかったのです。ただ、「本気になれば、東大でも行けたはず!」と思ってはいますが。まぁ、負け惜しみですけど・・・基本的、負けず嫌いな性格だと自覚しています。負けず嫌いついでに言いますと、「神戸えとう法律事務所」は今のところ弁護士一人の事務所ですが、大手の法律事務所にも、ベテラン弁護士がいる法律事務所にも負けない事務所であろうと思っています!

 

Q 司法試験は大学在学中に合格したんですね?

A 一応、そうですが、、、

大学の4年生の時に司法試験を受けたのですが、そのときは論文試験で落ちました。そこで、大学4年生の後期から1年間休学しました。そして、大学5年生のときに司法試験に合格したので、休学から復帰して、卒業しました。

ですから、司法試験に合格した時は、まだ大学を卒業していませんでしたので、一応、「在学中の合格」と言うことにはなります。

大学3年生終了時点で、大学を卒業できるだけの単位はそろえていたので、卒業しようと思えばストレートで卒業できたのですが、当時は司法試験に受かるかどうかも分からなかったですし、もし受からなかった場合、当然、就職活動をしなければならず、その際に、「新卒」という立場で就職活動をしたかったので、あえて卒業せず、試験勉強をしていたのです。

 

Q 司法試験は何回目で受かったんですか?

A 2回目です。

2回目で受かるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったです。当時は、「まぐれで合格したので、もう一度受けろと言われても、無理だ!」と思っていました。2回目で合格したのがまぐれだったのかどうかはともかく、今なら「もう一度受けろ」と言われても合格する自信はあります。まぁ、毎日仕事で法律を扱って、法律使った文章を書いているので、当然といえば当然かも知れませんが。

少し話はそれますが、今までやった試験の中で、もう一度やれと言われると困るのは、中学受験です。私が通っていた中学校は広島大学附属福山中学という国立大学の附属中学だったのですが、最後の試験はなんとクジでした。筆記試験で合格した人のうち半分がクジで落ちるのです。私は、「もし、この中学校に通ってなかったら、今のような人生ではなかっただろうな」と思っているのですが、自分に人生にとって一番重要な場面がクジで決められたのです。次にやっても、同じように運が良いとも限らないので、中学受験の頃には戻りたくないです。

 

Q なぜ弁護士になろうと思ったのですか?

A きっかけはテレビドラマの影響です。

高校の頃、ちょうど将来の進路を考えなければならないような時期に、「正義は勝つ」という弁護士が主人公のドラマを見て、単純に「弁護士ってかっこいいな!」と思ったのが最初のきっかけです。あと、基本的に負けず嫌いな性格なので、日本で一番難しいと言われる(今はどうか分かりませんが)試験に合格したい、という思いもありました。

司法試験受験生時代に、「HERO」というドラマを見たときには、「やっぱ、検察官になりたい!」と思ったこともありますが、「全国各地を転勤してまわる」というのがひっかかり検察官は諦めました。

何でも影響されやすい性格で、中学生の頃は、「スラムダンク」の影響でバスケをやっていました。最近では、「ジャイアントキリング」というマンガの影響で、ヴィッセル神戸のサポートファミリーに入会しました。

最初のきっかけはともかく、今は弁護士になって本当に良かったと思っています。弁護士の仕事は本当にやりがいがありますし、自分に合っているとも思っています。

 

Q 独立したのはなぜですか?

A 家族との関係を含めた自分の生き方を考えた結果です。

もともとは「大手の法律事務所に入って、その法律事務所にずっと勤め続ける」という弁護士人生を考えていました。実際に、大阪の大手法律事務所に入所して、勤務していました。私は神戸に住んでいるのですが、大阪まで通勤して、事務所で遅くまで働いて、また神戸に帰る、という生活だったので、自宅はほとんど寝るための場所、というものでした。

弁護士になって1年で結婚し、その後、3年目くらいに長男が生まれました。その長男は、かなり重度の障害を持って生まれてきました。そして1歳5ヶ月で亡くなりました。その1年5ヶ月の間も、私は仕事が忙しく、ほとんど長男に接することができない生活でした。

仕方が無いことだったのかも知れませんが、「もう少し何とかできなかったのか」と、かなり悩みました。そして、その後、長女が生まれたことをきっかけとして、「家族と接する時間を取りやすい環境で働きたい」と思うようになり、独立するに至ったのです。

最近では、勤務弁護士時代と同じくらいの時間を仕事に費やしているように思いますが、自宅と事務所が近くなったことや、時間の取り方を比較的自由に設定できるので、家庭と仕事の両立が出来ているように思います。

 

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